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読売新聞の感想

読売新聞を読んで思ったことを書きます。

2017年1月9日の読売新聞の感想

子宮移植 初の申請へ

 病気などで子宮がない女性に、妊娠・出産を目的として第三者の子宮を移植する手術の臨床研究を、慶応大のチームが2017年内に慶応大内の倫理委員会に申請する方針だそうです。海外ではすでに実施例がありますが、日本ではまだないとのこと。

 生命維持に直接関係しない臓器の移植のために、臓器提供者に大きな身体的・精神的負担を与えるのは是か非か、という倫理問題と、移植臓器の拒絶反応を防ぐための免疫抑制剤が胎児に与える影響の評価が大きな課題のようです。子宮の移植は、臓器移植法の対象外のため死んだ人の体から持ってくることは現在のところ法律上できないそうです。

 この技術の基本的な流れとしては、夫婦間で体外受精した受精卵をつくっておき、移植した子宮に戻して出産するそうです。提供される子宮は母親など親族のものを想定します。記事にはこのように書かれているんですが、あらかじめ作る受精卵の卵子はどうやって持ってくるのかわかりませんでした。子宮はないけど卵巣はあるということ?

 最近の医療の発達はすさまじいなと思います。思いついた方法をやってみるためのツールボックスが非常に大きくなっているんですね。ただ、いくらお母さんだとはいえ、娘のために子宮をとるなんてのは苛酷に過ぎると思います。かなりの禁じ手だと思います。もちろん本人同士の合意があればよいですが、周囲のプレッシャーで意志決定をさせられてしまうという場合が絶対にある(このことは記事でも指摘されていました)ので、議論が必要ですね。

 

政界の「女性推進」暗礁

 国や地方議会の女性議員を増やすための議員立法「政治分野における男女共同参画推進法案」が成立しない恐れがあるそうです。与党+日本維新の会と野党4党で考えに齟齬があり、別々の法案提出になりそうなんだとか。立候補者の男女比率を「均等」とするか「同数」とするかで分かれているそうです。この法案は、強制力のない理念法だそうです。

 制度として女性の比率を定めることに、僕は懐疑的です。たとえば、定員が10人の募集に意欲がある男性8人と意欲のない女性5人がいた場合、意欲のある男性のうち3人は切り捨てられてしまいます。これは男女を逆にしても同じことです。そもそも、男性と女性で従事しようと思う仕事に偏りがあるのだから、意欲的な人材の男女比に偏りが出るのは当然です。

 男性と女性で従事しようと思う仕事に偏りが出るのは、制度が整っていないからという説明もできるかもしれませんが、僕はそうは思いません。体のつくりの違いがある以上、男女でやりやすい仕事とやりにくい仕事が偏るのは当たり前のことです。制度として、意欲的な人間の道を閉ざすようなことはあってはなりませんが、なにも画一的に男女比にてこ入れする必要はないと思うのです。

 ただこの法案の場合、政治家ならあんまり男女で変わらないし、強制的に入れられた女性が活躍する姿を見て、意欲的に政治家をめざす女性が現れるということは考えられますから、あながち悪いものではないのかもしれないと思いました。

 

読売歌壇・俳壇

 今週はこの歌が好きでした。

 母の忌は徐々に簡素に兄弟とその連れ合ひと犬が一匹

 (前橋市 豊嶋秋生さん 選者:小池光さん)

 人は、人が亡くなってからもその死を弔い続けていきます。それでも、生きている人は亡くなった人をどんどん忘れていきます。周忌が進むごとに身内だけになりいつしかその人を覚えている身内の人もいなくなっていく。その過程の寂しさが伝わりました。

 

 俳句はこれが好きです。

 一行で終わる日もあり日記果つ

 (神戸市 岸下庄二さん 選者:小澤實さん)

 自分が日記を書くときは、結構くどくどと書くのですが、それでも短い日と長い日ができてきます。いろんな日々が重なって一冊の日記帳が成るというところに思いがあり、この句が好きだと思ったというわけです。

 

おわりです。