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読売新聞の感想

読売新聞を読んで思ったことを書きます。

2016年10月29日の読売新聞の感想

まぁ今日は書かなくてもいいやが続いて10日も空けてしまいました。さして問題はないんですけれども。

 

DNA鑑定検体 誤焼却

 シベリア抑留の死亡者の遺骨が、誤って焼却されてしまったそうです。これからDNA鑑定を行って身元を特定し、遺族のもとへと返される予定だったそうです。検体を置いておいたら、地元の作業員がたき火にしてしまったそうです。

 ハバロフスク地方のコムソモリスク・ナ・アムーレにある埋葬地からの遺骨で、2014年から5回にわたり遺骨収集作業が行われ、計209柱の遺骨が収集されました。そのうちの61柱の身元が特定できなくなったそうです。

 戦没者の遺骨収集は、今年三月に「戦没者遺骨収集推進法」が成立し、先の大戦で亡くなった方の遺骨を集める機運がついに大規模な行動へとつながっているのが現在の状況だそうです。

 これは返還を待ち望んでいた遺族からしたら大変なことだと思います。管理を担当していた厚生労働省は、誠意をもって謝罪の意を伝えていかなければなりません。が、しかし、非常に心ない発言になってしまいますが、DNA鑑定しないと誰のものかわからないようなものの焼失にどうしてそうまでこだわれるのだろうか、という感想を持ちました。もちろん、遠いシベリアの地で亡くなってしまい、その亡骸がきちんと葬られていない、きちんとしてあげたい、もう一度祖国に帰ってきてほしいという気持ちは理解できます。

 でも、もしも自分の親や兄弟が同じような状況だとして、自分は遺骨の返還を強く願えるだろうか、誰のかわからない骨がたくさんあって、「その中の一つがあなたのお母さんのものでしたよ、これがそうです」と渡されたとして、僕はそれになにか感じることができる自信がありません。

 あんまり関係ないんですけど、僕の姪が生まれたときに、喜んだ母から赤ん坊の写真がメールで送られてきました。それを見て、「へぇ~、こんな顔なんだな」と思いました。そのあとにまた母から、「さっきのは間違い!こっちが本物!」と別の赤ん坊の写真が送られてきて、どうせわかんないからどうでもいいやと思ったことがあります。

 

おわりです。